2015年11月10日

前玉繰り出し式の収差変動

1950年前後に流行したスプリングカメラや二眼レフカメラのうち,廉価なカメラではピント合わせのためにレンズ全体を前後させる代わりに,「前玉回転式」や「前玉繰り出し式」といい,第1レンズ(いわゆる前玉)だけを前後させる形式のものがありました.この方式ではレンズシャッター機構が前後しないため,繰り出しのためのヘリコイドが小さくてよく,シャッターとボディとの連動などの面でも有利なものですが,反面,近接時の収差変動が大きいと言われています.それではどの程度の影響があるのでしょうか.最近マイブーム化している光学設計ソフトウェアで評価してみました.

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レンズ設計のベースとして,光学設計ソフトウェア OSLO EDU に付属している 50mm F4 ,画角40度のトリプレットレンズを用いました.これに対し,画面全体の画質が平均的に良くなるように光学設計ソフトウェアが自動計算することにより仮想的なピント合わせを行います.そのため,上の図では像面の状態(ASTIGMATISM の図:中央上)が原点で一致していませんが,トリプレットレンズは収差が大きいため,周辺部の画質を考慮するとほどほどの位置に像面を置くことになります.

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まずは無限遠にピントを合わせたときの様子です.TICKNESS(厚み:この場合は空気間隔)の欄の最下行で V とある 42.927621 という値が自動計算により求められたピント位置で,レンズ最後面から像面までの距離に対応します.MTF は可もなく不可もなくといったところでしょうか.トリプレットらしく実用レベルはマークしているといえます.

次に,このレンズ全体を繰り出すことで距離 1000mm の物体に対してピント合わせを行います.

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全群繰り出し3.jpg


最上段の白黒反転したところの値(1.0000e+03)が物体をレンズから 1000mm(1メートル)の位置に置いたことを表しており,それにピントが合うようレンズと像面の間隔が 45.615076mm へと,約 2.7mm ほど繰り出されています.この時の MTF は若干低下していますが,収差の状況には大きな違いはないようです.

次に前玉繰り出しです.レンズ全体を元の位置に戻し,ピントが合うように第1レンズと第2レンズの間隔を自動調整するのですが,そうすると性能が下がりすぎてしまったので,以下のような手順で行いました.まず,物体を 2000mm (2メートル)に置き,それに対してレンズ全体の繰り出し量を計算します.次に物体までの距離を 1000mm に設定し直し,今度は第1レンズと第2レンズの間隔を調整します.要するに,2m を基準としてレンズ全体を配置し,それに対して前玉繰り出しにより無限遠から 1m までの範囲をピント合わせするという内容です.このときの計算結果は以下のようになります.

前玉繰り出し.jpg

前玉繰り出し3.jpg


設計データでは,2m の物体にピントが合うレンズと像面の間隔は 44.267481mm となっており,このとき 1m の物体にピントをあわせるために前玉と第2レンズの間隔が 6mm から 6.3859mm に伸びています.このように僅かな移動でピント合わせが可能なことが前玉繰り出し式のメリットの1つです.しかし MTF から分かるように,全体のコントラストが低下してしまっています.コントラスト低下の要因として,前玉繰り出し式では像面の湾曲が大きくなっていること,また球面収差も補正不足の方向に変化しているようです.

さらに近接しようとすると,さらなる像の悪化が生じます.前玉回転式では最短撮影距離が程々の値になっているのもやむなしといったところでしょう.

例によって最後に,各設計における収差図やスポットダイヤグラムを掲載しておきます.
無限遠合焦時
全群繰り出し
前玉繰り出し
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2015年11月09日

ミラーレスカメラ+広角レンズの画質改善

前にこちらの記事で,ミラーレスカメラに古い広角レンズを装着したときの問題を取り上げました.ミラーレス一眼カメラではセンサの前に赤外線カットフィルタや光学ローパスフィルタなどのガラス板状のものが取り付けられており,これが光が斜めに入射する画面の周辺部で収差を発生させ,画質を低下させるというものでした.

自分自身,計算の結果,その影響が思いのほか大きいことを再認識し,これはぜひともなんとかしたいと思っていました.1つの方法は赤外線カットフィルタや光学ローパスフィルタを撤去することで,これは天体写真を撮影される方がよくやられており,やってくれる業者もあります.しかし色再現に難点が出たり,カメラの保証がなくなったりするリスクもあり,今ひとつ手が出ませんでした.そうじゃなく,なんとか光学的に補正できないものか・・と.

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で,せっかく光学設計ソフトウェア OSLO でシミュレーションしたのだから,ついでに今度は,レンズの前にどんな補正系を置けばこの収差が補正できるのか試してみました.というのはそもそも,このガラス板が発生させる収差が凹レンズの収差によく似ており,どこかに凸レンズを入れると補正できるのではないかという直感があったのです.その結果たどり着いたのが,上の図の赤枠で囲んであるところに相当する,ごく度の弱い凸レンズでした.

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上の図では理想レンズ(例によって 21mm F4 を想定)の前に,一方の曲率が 1000mm,もう一方が平面の平凸レンズを配置しています.ガラスはやはり BK7 です.この構成では,補正レンズの焦点距離は約 2000mm となります.このときの収差補正の状況を,補正前と比較したのが以下の図です.

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この図で左は補正前,右は補正後です.まず見て欲しいのは中央上の ASTIGMATISM(非点収差)の図ですが,この設定で中間画角までは収差がほぼ完全に補正されます.端の方は過剰補正となっているので,フルサイズを前提にするならもう少し度の弱いレンズにした方がいいのですが,今回は APS 判を前提として,中間画角までの補正を優先しました.またそのすぐ右の球面収差図では,少し球面収差の量が増えていますが(横軸のスケールが違います),色収差がほぼ完璧に打ち消されていることが分かります(右上の軸上色収差図でも,色収差が 1/100 ほどになっていることが分かります).ほかにも歪曲収差や倍率色収差(中央下)も小さくなっており,ほぼすべての収差が小さくなっていることが分かります.これは期待できます.では点像はどのようになっているでしょうか.

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この図でも,補正後(右)はスケールが倍になっている点に注意して下さい.APS判の隅が中段に相当しますが,点像の広がりは 1/5 程度になっていることが分かります.中央の像には悪影響を与えていません.さすがに単レンズでは画角90度のレンズの端まで補正するのは難しそうです.では最後に MTF です.

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一目瞭然で,やはりAPS判の範囲まではほぼ完全に補正できています.元のレンズの収差を考慮すると,十二分な効果だといえそうです.

これはよさそうだ!ということで,早速試してみることにしました.ちょうど,ケンコーが焦点距離 2000mm のクローズアップレンズ(NO.05)を出しており,これがよさそうです(ただしフィルタ径72mmのものしかありません).とりあえずこれは注文しておいて,まずは手元にある以下のレンズで試してみました.

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このクローズアップレンズは,ブロニカ用のニッコール 200mm F4 に付属していたものです.ブロニカはそのシステム上,200mmレンズでは最短撮影距離が3.3m程度になってしまうので,このクローズアップレンズを使うことで1.8m 程度までの近接撮影が出来るようになっていました.仕様的に 3.5m (3500mm)ぐらいのレンズのようですので,補正不足ですが,まずは試してみましょう.Carl Zeiss Biogon 21mm F4.5 の後玉のガードを外し,NEX-5R に装着します.そしてその前に(適切なステップアップリングがなかったので)このレンズをかざして撮影.少しピントの調整も必要になります.

wo-compensator.jpg w-compensator.jpg
左:補正前,右:補正後


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撮影結果から隅のほうを切り出した写真を見ると一目瞭然ですが,周辺部のハロ,甘さがぐっと改善しています.当然かも知れませんが効果てきめん,理論通りの結果で嬉しくなります.また改めて,名レンズ Biogon の本来の性能の高さを思い知ることになりました.

画角 70度近辺までなら効果がありそうなので,続いてフルサイズセンサを備えたミラーレス一眼の Sony α7に 28mm レンズ(W-Nikkor 28mm F3.5 銀鏡筒 3xx番台)を装着してテストしました.

28mm-wo.jpg 28mm-w.jpg
左:補正前,右:補正後


comp2-closeup.jpg


やはり周辺部の流れが補正され,まとまった画質になっています.やや補正不足のようですが,周辺画質にはレンズそのものの収差も大きく影響するので,フルサイズ・等倍・開放絞りの周辺画質としては上々だと思います.

レンズの前に凸レンズをつけたことになるので,無限遠にはピントが合わなくなります.ただし本体のレンズに比べると極めて度が弱いレンズなので,マウントアダプターがオーバーインフ(薄め)であればピントを合わせることが出来ます.アダプターを加工して 0.2mm ほど薄くするのもいいだろうと思います.

最後に,収差図等の pdf を掲載しておきます.compensated.pdf
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2015年11月03日

MFレンズをAFレンズに

これまでにもいくつかのテレコンバーターを紹介してきましたが,今回はニコン純正のテレコンバーターのご紹介です.ただしそのままでは現在のデジタルカメラでは動作しませんので,改造が必要になります.

ニコンは「不変のFマウント」と言うように,1959年のニコンF以来,50年以上に渡って一眼レフカメラのマウントの寸法を変更していません.その間に露出計との連動やオートフォーカス化など次々と新機能が追加され,それによって少しずつ拡張され,また互いに対応しない組み合わせも現れてきています.しかし依然として今でもニコンFで使えるレンズが売られていますし,初期のレンズもニコン自身による改造サービス(既に終了)により,現在のデジタルカメラに装着することもできます.

その中でも,もっとも大きな変化の1つはオートフォーカス化でしょう.キヤノンやミノルタはオートフォーカス化にあたってレンズマウントを完全に刷新しましたが,ニコンはレンズマウントに穴を開けてレンズとボディを連動させることにより,マウント形状を大きく変えることなくAF化を達成しました.そのため,従来のマニュアルフォーカス用レンズでも,その後のオートフォーカスカメラに装着して使うことが出来たのですが,ニコンはさらにおもしろい商品を用意していました.それがここで紹介する「AFテレコンバーター TC-16AS」です.

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上の写真は,以前の記事で500mmの超望遠レンズにつけるストラップの話を書いた時のものです.このテレコンバーターは1.6倍ですので,500mm F4 レンズに装着すると,合成800mm F6.4 のレンズに変化します.これにより撮影した例はこちらの記事の末尾で少し紹介しました.またこちらのニシオジロビタキの写真もこの組み合わせで撮影したものです.ご覧のように十分実用になり,私の野鳥撮影の主力機材になっています.開放絞りでも割りと良く写りますが,最近のカメラは高感度でも画質が良いので,よりコントラストを上げたり被写界深度を増すために,日中ではマスターレンズを1〜2段絞って撮影することが多いです.

後に述べますが,このテレコンバーターでピントが調整できる範囲は超望遠レンズに装着した時は狭くなりますので,おおまかなピント合わせはマスターレンズのフォーカスリングで合わせておき,最後の微調整をAFで行っています.私の場合,カメラ(D800E)はシャッターボタン半押しでAFが動かないように設定しており,カメラ背面のAF-ONボタンを押して初めてAFが動くようにしています(いわゆる「親指AF」です).これと併用することで,好きなときにAFとMFを切り替えたり併用したりしながら撮影できる上,AFのピントが大きく外れてしまって被写体を見失うことがないのがこの組み合わせの美点です.要するに,マスターレンズのピントリングによってAFリミッターの範囲を変えるような使い方ができるわけです.

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さて,このテレコンバーターをD800Eなど最近のデジタルカメラで使用するには改造しなければなりません.後に述べるように,このテレコンバーターは1980年代後半〜1990年代初頭のAF黎明期にのみ売られていたもので,当時でも対応しないボディがありましたし,最近のカメラではすっかり対応から外されてしまっているのです.しかし世の中にはすごい人がいるもので,カメラと連動させるための電気接点を移植すると動作することが発見されました.上の写真では,左から2番目のAF接点が移植されてきたもので,もとは右から2番目にあるピン(今は穴だけがあいています)を流用しています.内部でも細かな配線の付け替えがあり,少々難易度が高いですが,電子工作が得意な方なら自分で改造ができると思います.さらに内部のICのピンを2箇所カットすることで,このAFテレコンバーターは 70-210mm F4 レンズのズームリングが 145mm の位置に設定されているとしてボディに認識されるようになります(そのため EXIF にもデータが残り,例えば F5.6 と記録されていれば,マスターレンズが1段絞られていることになります).

改造の方法はこちらでは詳しく説明しません.インターネットで "TC-16AS 改造" などと検索すると,改造方法に関する詳細な記事をいくつも見つけることが出来ます.

さて,この TC-16AS ですが,超望遠レンズだけでなく,広角を含む多くのニッコールレンズに装着することが出来る点も大きな利点です.ニコンのテレコンバーターには,昔はマニュアルフォーカス用のものもありましたが,現在は超望遠レンズ用のものしかありません.しかしこのレンズはマスターレンズへ差し込まれるような構造でないために取り付けられるレンズが多いのです.

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上の写真はF-801sが発売された当初のカタログ(1991.12.10発行)で,その末尾にこのテレコンバーターが紹介されています(同じ F-801s のカタログでも,もう少し後のカタログでは紹介部分が削除され,対応表に書かれるだけになります).このテレコンバーターでよく話題になるのは,本体には TC-16A としか書かれていないのに,正式名称は上のように TC-16AS となっていることです(海外では TC-16A として売られていたようです).5群5枚構成のテレコンバーターレンズ系がカメラボディ内のモーターにより駆動されて前後され,それによりオートフォーカスが可能となりますが,その移動量(像面側で約2mm程度のピント移動)が小さいため,焦点距離の短いレンズでは比較的近くまでピントが合いますが,焦点距離の長いレンズほどその範囲が狭まってきます.ただし,マスターレンズ側を繰り出すことで元のマスターレンズよりも若干近い距離までピント合わせすることができるので,実用上は大きな問題はありません.当時のAFカメラは合成F値が F5.6 以上でなければなりませんでしたが,最近のデジタル一眼レフは F8 でAFが動作するため,上のリストでは 500mm F4P ではAF出来ないことになっていますが,D800E では問題なく使用できます.

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上の写真は,Ai マイクロニッコール 55mm F2.8S を TC-16AS を介して D800E に取り付けたところです.この組み合わせでは 88mm の中望遠マクロレンズとなり,最大撮影倍率も等倍に迫ります.以下の写真はこの組み合わせの最短撮影距離で撮影したものです(被写界深度を得るため2段絞っています).ご覧のように十分シャープな写真を撮影することが出来ます.

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この他にもこちらで,Ai Nikkor 500mm F4P にこのテレコンバーターを組み合わせて撮影した野鳥の撮影例を多く掲載していますのでよければ御覧ください.

このAFテレコンバーター,発売当時はマニュアルフォーカスレンズを揃えてきた旧来のニコンファンのためのものだったと思われますが,ズームレンズを含め多くの標準域のレンズが揃った今では必要となる機会が少ないものです.しかし大口径望遠レンズはますます高価になっていますので,古めだけれども画質に定評のある望遠レンズを活躍させるためにも使えますし,また上の作例のようにマクロレンズと組み合わせても,AFとMFをうまく使い分けることができて便利なものです.

なお TC-16AS をそのまま,または改造して非対応のカメラに装着したときの故障や問題については自己責任となります.TC-16AS は,無改造のままでも D2 では動作するようですが,例えば D1 の取扱説明書では使用できないレンズのリストに入っています.また当然のことながら,ボディ内にAFモーターを備えていないボディ(初級/中級のDXフォーマット機等)には,そもそも装着してもAFの動作させようがありません.
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