2015年10月31日

ニコンの古い広角レンズ その2

今回もかなりマニアックなお話です.

前回の「ニコンの古い広角レンズ」で書いたように,一眼レフカメラが登場するまでの広角レンズはカメラの内部へ深く潜るように装着されるものが多くありました.これらは「対称型広角レンズ」などと呼ばれ,レンズの前半と後半がほぼ対称になっているために直線が直線としてまっすぐ描写される(歪曲収差がほとんどない)などのメリットがあります.それに対し一眼レフ用の広角レンズは設計が難しく,ニコンFが登場した1959年当時には超広角レンズは存在しませんでした.

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そんな中,まずはとにかく超広角レンズを,とニコンが送り出した超広角レンズがこの Nikkor-O 2.1cm F4 です.このレンズは,カール・ツァイスの名レンズ「ビオゴン 21mm F4.5」をお手本にしつつも独自の設計がなされたレンズですが,対称型であるために一眼レフカメラにはそのまま装着できません.そこで,一眼レフレンズのミラーを跳ね上げて装着するようになっています.そのため,ファインダを覗いても真っ暗で被写体は見えません.外付けのファインダが必要になります.

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レンズを装着して,フィルム側からシャッターを開いて覗いて見ると,こんな風にレンズ後玉がフィルムの直ぐ側に迫っています.また,その大きさもギリギリです.そのため,このレンズは他のレンズとは装着方法が異なります.他のFマウントレンズはレンズ全体をひねるようにしてカメラに取り付けますが,このレンズだけはマウント内部の小さな突起にレンズ本体が引っかかるようになっていて,レンズを回転させずにマウント部分の銀色のリングだけを回して取り付けるという特殊な仕組みになっています.カメラ内部に差し込まれる部分が回転してしまうとカメラ内部に干渉するために,このような構造になっているようです.

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要するにこのレンズを取り付けるためには,カメラ側のミラーが「上げっぱなし」になる必要がありますが,それに加えてこの「マウント内部の突起」が必要になります.この突起はニコンF,ニコンF2とニコマートにしか備わっておらず,それ以降のカメラには取り付けることが出来ません.そして,多くのマウントアダプターにもこの突起がありませんが,そんな中,このレンズをニコンS2などの距離系連動式ニコンに取り付けるマニアックなマウントアダプターが登場しました.

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このアダプターを作っているのは,以前にこちらの最後のほうで紹介したベネズエラの方です.このアダプターは最初から,この Nikkor-O 2.1cm F4 をニコンS2等に取り付けることを意図して作られていて,マウント内部11時の方向にちゃんと突起が設けられています(マウントアダプターの刻印 "NIKON F --> S" の1つ目の N の脇にある,一部が真鍮色の突起です).もう1つ面白いのは,このアダプターのニコンカメラへの固定方法です.普通,外爪に引っかかるレバーがレンズ(またはマウントアダプター)の脇に付いているはずですが,それはありません.なんと,Fマウント側にレンズを取り付けると自動的に,アダプターがカメラ側にも固定されるようになっているのです.3時方向のレンズ固定用のピン(シルバー)のすぐ脇(4時方向)に,少し太い真鍮色のピンがありますが,これがレンズの装着によって押し下げられると,マウントアダプターが緩む方向に回らないようにロックが掛かるようになっています.

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このアダプターを使って,Fマウント用の Nikkor-O 2.1cm F4 をニコンS2につけてみました.同じレンズはSマウント用にも発売されたのですが,その個数は極めて少なく,今では100万円前後で取引されています.これではとても手が出ませんが,Fマウント用は最近かなり値がこなれてきており,このレンズは外観がくたびれていることもあって245ドルで入手しました.距離計には連動しませんが,もともと被写界深度が深いレンズですので問題ないでしょう.ついでに,本家のビオゴン 21mm F4.5 もニコンSPにつけていっしょに記念撮影.このレンズは,ニコンSマウントとほぼ同形状のコンタックス用のため,そのままニコンに取り付けられます.

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この写真のように通常のニコンFマウントのレンズもS2などに取り付けることが出来ますが,上で述べたレンズロック用のピンがマウント内部にひっかかってレンズが外れなくなるリスクがあります.事前にアダプターとレンズだけで十分テストした上で自己責任で試してみてください.レンズによっては,レンズ後玉やガード用の突起がニコンSマウントに鑑賞するものもあるかもしれません.いずれにしてもあまりメリットはありませんね.
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2015年10月28日

軸上色収差

今回はレンズの画質に関する,ちょっと細かい話です.

写真用レンズを調べていると見かける「色収差」という言葉.これは,光の色(波長)によってレンズに使われているガラスの屈折率が異なるために,色によって焦点の位置がずれる現象です.これが発生すると,白と黒だけから出来た物体を撮影しても,その境界線に緑や紫の色づきが発生します.

この色収差,さらに細かく分類すると「倍率色収差」と「軸上色収差」に分かれます.倍率色収差は色によって画像の大きさが微妙に異なるという現象で,画面の中央では問題ないが,端のほうで色づきが見られる現象です.これに対して軸上色収差は,色によってピントの位置が奥行き方向にずれる現象で,これは画面の真ん中でも観察されます.

写真用レンズでは古くから,軸上色収差よりも倍率色収差のほうが目立つと言われ,倍率色収差の除去に努力が払われてきました.しかし現在のデジタルカメラでは,赤・青・緑の三原色の画像同士の大きさの微妙な違いを自動的に検出し,その大きさの違いを画像処理によって補正してしまう「倍率色収差補正」が入ったものが多くなっています.そこで今まであまり注目されてこなかった軸上色収差が目立つようになってきました.

今回,その軸上色収差による画質劣化を示すためにちょっとしたテスト撮影をしてみました.黒い文字を並べた紙を斜めから撮影し,その文字にどのような色づきが生じるかのテストです.使用したレンズは以下の3本です.

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  • W-Nikkor 2.8cm F3.5 : 1950年代初頭に設計された距離系連動式ニコンカメラ用の広角レンズです.古いレンズですが,コピー機やスキャナなどに今も多く用いられているオルソメター型と言われるレンズ構成が応用されています.
  • Micro-Nikkor 55mm F2.8S : ニコンを代表するマクロレンズ(マイクロニッコール)で,定評あるレンズです.一般的な撮影にはもちろん,産業用や研究機器にも多く用いられているレンズです.
  • Makro-Planar 50mm F2 ZF.2 : カール・ツァイス社が設計したマクロレンズをコシナがライセンス生産しているもので,他の多くのマクロレンズに比べ開放絞りが F2 と一段明るい上,焦点距離が通常の標準レンズと同じ 50mm なので,常用レンズとして使いやすいレンズです.


これらのレンズをアダプターを介して NEX-5R に取り付け,中央部分の倍率がほぼ同じになるように被写体の幅を合わせ,斜め約45度の角度から撮影しました.絞りは全てF4に合わせてあり,焦点距離は異なりますが倍率とF値が同じなので理論上の被写界深度も同一となります.テスト結果のオリジナル画像はこちらにおいてあります.

さて,その撮影結果です.以下は中央部分を縦長に切り出したものです.

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ご覧のとおり,少しずつシャープネスや前後のボケかたが異なりますが,どれも優れたレンズであり,カメラの解像度(NEX-5R は1600万画素ですが APS フォーマットのため,画素ピッチはNikon D800E や Sony α7R と同等です)が高いことも勘案すると,十分シャープといえます.しかし,やはり最も目につくのは本題の「軸上色収差」でしょう.特にマクロプラナーは他の収差がよく補正されているだけに色づきが目立ちます.マイクロニッコールは中庸で,一番古い 2.8cm はほとんど全く軸上色収差が見て取れません.軸上色収差は焦点距離が短いほど小さいのですが,それに加えて他の収差(主に球面収差)と色収差のバランスが良く,色収差がうまく隠されていることや,1950年代後半に製造出来るようになった高屈折率ガラスがまだ使用されていないためではないかと思われます.

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同じものをよりわかりやすくするために,色づきの強い部分を切り出したところです.どんなレンズでも二次の軸上色収差が残存する傾向にあり,合焦距離より遠いものが緑色に,手前のものが赤紫色に色づく場合がほとんどです.

しかし,このような軸上色収差は,画像を大きく拡大して観察した時にしか見えないから問題ないのではないか・・とおっしゃるかもしれません.しかそうではないのです.次の写真は,背景が白飛びしている場合を模擬するため画像を露出オーバーで現像し,元画像を幅 600画素に縮小したものの中央部分を並べたものです.

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このように,縮小した画像でも色づきは残り,目についてしまいます.色収差によって緑や赤などのどれかの色成分が強められたり弱まったりするわけではありません.ですから,各色のエネルギーはほぼ均等なのです.しかしそれが撮像素子によって捉えられた時に,白い部分は白飛びしてしまい,その部分では色みの違いが潰れてしまいます.結果として,黒い部分(文字の部分)の色づきだけが値として残り,画像を縮小してもその色づきが残ることで,「色が濁る」と言われるような現象を引き起こします.

このような現象は人物撮影などでもよく起こります.明るい背景の前に立つ人物の黒髪が風にそよいでいる部分などは上の写真と同じ条件になり,瞳にピントを合わせていると若干後ろぼけになるので,緑色に色づくことになります.背景が明るく白飛びしかかっている時などに,とくに顕著になります.「緑髪」などと風流なことを言っている場合ではありませんが,残念ながら人物撮影に多用される標準域〜中望遠域の大口径レンズに用いられる「ガウス型」のレンズでは軸上色収差の除去が難しく,どのレンズでも結構な強さの軸上色収差が残っています.二次の色収差を除去するためにはEDレンズや蛍石などの異常分散性を持つレンズを用いる必要がありますが,ガウス型のレンズではそれをうまく使える場所がないのです.

軸上色収差は被写体までの奥行きによって様々に変化するため,現像ソフトで修正するのは容易ではありません.軸上色収差補正に対応した現像ソフトもありますが,これらは明るい部分の周囲の色を削り取るように動作するため,実際に色がついた物体を無彩色に変換してしまったりするのです.標準域のレンズはほとんどがガウス型のため,軸上色収差を嫌う撮影では,かえってズームレンズのほうが良好な結果になることもあります.また先に書いたように,軸上色収差は焦点距離が長いレンズほど強くなりますが,そのようなレンズではEDレンズ等が多用されているため色収差が良好に補正され,かえって色収差の目立たないレンズが多くなっています.例えば私はシグマの 150mm のマクロレンズ(SIGMA 150mm F2.8 APO MACRO EX DG HSM)を使用していますが,これはほとんど色収差は見て取れません.またカール・ツァイスの Otus 55mm F1.4 のように,ガウス型でない構成が標準レンズに使われる動きがあるのは,この問題が大きいと思われます.

個人的には,色収差以外の収差がほどほどに残っており,上手にバランスしたレンズほうが使いやすいように思っています.シャープネスが必要な場合はその分絞り込めばよいわけで,どの絞りでもシャープネスと色収差が上手にバランスされていることが理想です.球面収差がほどよく残っているレンズのほうが被写界深度が深く見えるというメリットもあります.なお,上記のいずれのレンズでも,あと1,2段絞り込むと色収差は十分目立たなくなります.

最後に,この 2.8cm レンズで撮影した秋のひとこまを掲載します.
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W-Nikkor 2.8cm F3.5, Sony NEX-5R
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2015年10月24日

ニコンの古い広角レンズ

1959年にニコンFがデビューするまでは,ニコンもライカのような距離計連動式カメラでした.一眼レフカメラはファインダーへ光を送るためにレンズとフィルムとの間に鏡が置かれていますが,距離計連動式カメラではそれがないため,レンズの後端がカメラ内部へ潜っていても差し支えありません.このことは当時,広角レンズの設計上有利に働くとされていましたが,その後の技術の進展によって一眼レフ用のレンズも十分に高性能なものとなっています.しかし今でも1点,大きな違いが残っています.それはレンズの大きさです.

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上の写真は,1950年代に距離計連動式ニコンカメラ(ニコンSPなど)のために作られた広角レンズです.左の2本は W-NIKKOR 2.8cm F3.5, 右の2本は手前が W-NIKKOR 3.5cm F2.5, 後ろはより大口径な W-NIKKOR 3.5cm F1.8 です(当時のニコンのレンズは焦点距離が mm 表記でなく cm 表記でした).いずれも非常に小型で,一眼レフ用のレンズとは比べ物になりません.しかしこれらのレンズはFマウントではないため,ニコンのデジタル一眼レフカメラに取り付けて使うことは出来ません.ところがよくしたもので,他社が発売しているミラーレス一眼カメラに取り付けるためのアダプターが各種販売されるようになって,デジタル時代でも再び日の目を見るようになりました.

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こちらは,ソニーの NEX-5R にアダプターを介して 2.8cm F3.5 を取り付けたところです.ニコンのレンズマウントから一旦,ライカMマウントへ変換するアダプターを使用し,さらにMマウントからソニーEマウントに変換しています.後者のマウントアダプターはヘリコイドが内蔵されており,レンズを 5mm ほど余分に繰り出すことができるので,レンズ単体では 90cm ぐらいしか寄れないところ,この組み合わせでは約 16cm まで近寄ることもできます.NEX-5R は APS-C サイズのセンサを搭載しているため,画角としては 35mm 判の 42mm 相当となり,ちょうど使いやすい準広角レンズとなります.

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さらにその後,ソニーは同じEマウントでありながらフルサイズセンサ(35mmフィルムと同じ画面サイズのセンサ)を搭載したカメラ,α7シリーズを発売します.2.8cm レンズもこのカメラで問題なく使うことが出来ますが,ここでは 3.5cm F1.8 を取り付けてみました.このレンズは当時新開発の高屈折率ガラスをふんだんに使った優れた設計で,広角レンズとしては当時世界一の明るさを誇ったレンズですが,依然として小型で軽快に撮影できます.

このα7に装着したマウントアダプターは,これら広角レンズが装着される外爪だけでなく,標準レンズ用の内爪も備えており,かつライカ等のMマウントカメラに装着した時にちゃんと距離計が連動するすぐれものです.そこで,このアダプターを単体で用いると,これらのニコン用ニッコールレンズが以下のようにミノルタCLEに装着できたりします.

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ここでは再び,2.8cm F3.5 を装着してみました.ミノルタCLEはファインダが 28mm に対応しており,かつ自動露出も備える軽量なカメラなので,このレンズをニコンSPに装着した時とはまたちょっと違った感覚で撮影することが出来ます.

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ただしこのアダプターを使えば,どんなニッコールレンズでもライカに付くわけではありません.大口径の 3.5cm F1.8 レンズはレンズ後群が大きく,アダプターには装着できるものの,いざライカM6やミノルタCLEに装着しようとすると,これらのカメラの距離計連動用コロにレンズ後群が干渉して取り付けられないのです.同じように後群が突出しているレンズでも,もう少し突出部が短いか,細身であれば装着できるのですが,写真のように F1.8 は距離系連動用カムに迫る太さのため取り付けられません.同様にカールツァイスのビオゴン 21mm F4.5 も装着出来ません.

ミラーレス一眼カメラはこのような距離計連動機構がないので上のレンズは全て装着することができ,ピント合わせもレンズを通した像そのものが見られ,非常に正確なピント合わせが可能となっています.50年以上前のレンズですが今でも十分実用になり,撮影後その写真をすぐにメールで送ったりブログに載せたりすることも簡単です.作りもよく,特に1950年代前半のシルバークロームのレンズは見た目も非常に美しいものとなっています.

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上はα7に 3.5cm F1.8 を装着して撮影した例です.

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こちらは NEX-5R に 2.8cm F3.5 を装着したときの例で,絞りは F3.5 開放です.
posted by しんさく at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | カメラ