2010年03月01日

家探し

昨日(28日),単身赴任の部屋を探しに広島へ行きました.

自宅からはJRローカル線で姫路駅へ出て,そこから新幹線に乗り換えます.自宅から最寄り駅までは 50m ぐらいだし,姫路〜広島は1時間なので,2時間ぐらいで着くことになります.ただ問題は広島からの帰りで,最寄り駅まで帰ってくる電車が1時間に1本しかなく,待ち時間 40 分とかになるのが困ったところです.片道 8,000円ぐらいかかることもあるし,ホントに毎週帰るのか?と自問自答.

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広島に着くと,そこには500系のぞみのラストランを見送るパネルが.その昔,博多へ出張するのに500系を使ったことがあり,懐かしく思い出しました.300km/h の世界はやっぱり印象的で,普通の新幹線とは違うと思ったし,実際に驚くほど速く到着した記憶があります.500系は戦闘機みたいに盛り上がった運転席の窓など格好よく,席数が少ないとか,細身で狭いという問題もあったようですが,個人的には,スピード第一のストイックさが好きな車体でした.用事の関係でラストランの見送りはできませんでしたが,パネルの片隅にちょっと書き込みをして,さらに記念オレンジカードも買うというミーハーぶりでした.


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駅を出るとそこでは「宮島観光かき祭り」なるイベントが開催されており,テントが張られていいにおいを漂わせています.ちょうどお昼だったので,まずは宮島牡蛎バーガーを購入.プリプリの牡蛎フライがたくさん入っていて 300円とは思えないできばえ.調子に乗ってさらに,牡蛎のべったらぼったら(お餅に焼いた牡蛎が乗ったようなもの,左上),牡蛎の土手鍋(小さいお椀1杯が 100円!),殻つきの焼き牡蛎,串焼きの牡蛎,そして牡蛎チャウダーと,腹一杯まで牡蛎を食べました.前に牡蛎にはあたってしまってつらい思いをしたことがあり,それ以来,牡蛎は好きなのにちょっと躊躇することが多かったのですが,今回はえいやと首まで浸かり,もちろん今も元気にしているので,やっぱり本場だなあと変なところに感心しました.


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不動産屋に行くまでに1時間半ほど時間があったので,市電に乗って「原爆ドーム前」まで行き,原爆関連の観光?をすることに.まずは原爆ドーム.近くを通りかかったときに少し見たことはありましたが,じっくりと見たのは始めてかもしれません.元の建物の写真と見比べると,真上からたたきつける爆風ですべてが吹き飛ばされる様子をリアルに想像させる迫力がありました.さらに平和記念公園へ行き,原爆死没者慰霊碑へ.この「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」という文言の重みについて考え,涙が出そうになりました.本当に繰り返さずにいられるのだろうか,そうするには自分はどうするべきなのか,どう貢献できるのだろうか?など考え込んでしまいました.時間の関係で資料館では平和監視時計を見ただけでしたが,その後動員学徒慰霊塔を訪れてからようやく本題の不動産業者に行きました.


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今は家探しもインターネットでできるようになって,いろんな条件に合致した物件をすぐにリストアップできるようになっています.ですがやっぱり,現地で現物を見るに勝るものはなく,今回は実際に2つの物件を見ましたが,明確に善し悪しが感じられました.今回は単身赴任なのでワンルームでもいいのですが,ベッドを置くと狭くなるのでロフトか1LDKが希望.結局,写真のロフトのある部屋に決めました.人気のある物件のようでしたが,タイミングも良かったようで,ほぼ希望通りの部屋が便利の良いところに見つかり満足しています.

単身赴任はなにかと大変なことも多そうですが,共感できる思想とおいしい食べ物のある土地での新生活がますます楽しみになってきています.

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2010年02月15日

ピアノ発表会

長男と長女のピアノ発表会がありました.


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長女(年長組)は始めて半年ほどということで,発表会プログラムの1番.でもまだ小さいからか緊張という考えがない様子で,綺麗な服を着せてもらっていることもあってニコニコ.演目は,春の声(ハリオット),山の音楽家,こどものうた(ベール)の短い曲3曲ですが,先生曰く「かな〜り背伸びした曲」で両手で弾く曲をそつなくこなしてくれました.すっかり主役気取りで楽しかったようです.


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長男(3年生)は3年ほどやっていて,35組ほど演奏する中で後ろから7番目という位置取りですが,昨日のリハーサルでは「ぜんぜんだめ」.それで昨日は猛練習,というと,小学校の友人と外で野球をして遊びたかったらしく,さんざん揉めた挙げ句(無理に練習させても逆効果だし,どうせ1日集中なんて無理なので,リフレッシュもいるかと思い)2時間ほどは遊びに出しました.でも危機感はあったようでしっかり練習して,当日朝も少し練習した甲斐があったのか,本番は見違えるように上手に弾いてほっと一安心.演目は,よろこび(ラモー),小さなさすらい人(ランゲ)でした.本番に強い性格とは思っていたけれど,つくづく頼もしくなってきたなと(親ばかだけれど)思いました.本人も大いに自信がついたようで,また続ける意欲がわいてきたようです.

ご褒美に,昼食はなんか食べに連れて行ってやるというと長男の希望が,讃岐うどんの専門店.セルフサービス式の簡単なメニューのところですが,まあそれが希望というなら親としては大助かりでした.
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2010年01月24日

西へ

大阪大学を去り,4月より広島市立大学の教授として着任することになりました.

hcu1.jpgこのようなことは一般に,ブログなどで軽く書くようなことではない,というご意見もあるかもしれません.本来ならお一人お一人にご挨拶差し上げるべきとも思っています.ですが今回,いろいろ考えた末に,こちらでもご報告させていただくことにしました.一緒にやってきた研究室の卒業生に一番伝わりやすい方法だし,周辺からそれとなく噂で伝わるよりは自分自身で伝えたいと思ったこともあります.大学の用務の引き継ぎで新年度からの所在をオープンにせざるを得ない事柄も多くあり,既に研究室の在学生宛には報告をしました.もう差し支えのない段階になっているとはいえ,なんでもすぐ言ってしまうのは僕らしいなとも思っています.

今回の話は僕にとっても突然のことでした.そのうち教授の公募などもチェックするようにしないとならないなと思いつつ,これまで応募したことは一度もありませんでした.ですが今回,幸いなことに望まれて移ることになりました.

現在の大阪大学の環境に不満はありませんでした.理解ある上司,優秀な人材に恵まれて,言ってみれば,楽をさせてもらって来たことばかりでした.まだまだ今のポジションにとどまることも出来たし,実際,決断を下すまでは少しは逡巡もしましたが,考えてみれば京大から戻り助手になってから11年.助教授になってからも7年経っています.数年前から,「そろそろ転がらなければ,苔が生えてしまう」と感じていました.それもあって一昨年はMITへ行ったのですが,それでさらに環境を変えたいという思いが出てきたのかも知れません.

現在の環境を去ることはある種の挑戦であると,自分自身では位置付けています.例えば,私が活動するコンピュータビジョンや画像メディアの分野では,「彼の研究室はえらく活発だな」と言ってもらえるような研究室を目指したい.ここ数年既に取り組んでいることですが,自分自身が第一人者として挙げられるような研究分野の創成と普及も進めたい.だけど,研究室では周りの人に強いて働いてもらうのではなく,明るく楽しく,意義を感じながら研究に取り組めるような環境と雰囲気を作りたい.阪大のように伝統と蓄積のある環境に比べるとスタートラインが後ろにあることは否定できないと思いますが,それだけに出来ることがたくさんあると思っていますし,やればやるだけものになる余地があるだろうと期待しています.小回りのきく規模の新しい大学,というまったく違った環境をとても楽しみにしています.

hcu2.jpg私の業界では最大規模のシンポジウムが2007年の夏にこの大学で開催され参加しましたので,そのときに来た記憶がまだ新鮮に残っています.4月からはこの写真の奥の建物の6階あたりで,僕自身の新しい拠点というものをスタートさせたいと思っています.・・そうして所属は変わりますが,当然,僕は僕であることはなんら変わりません.もとより,いろいろな人から頼ってもらいたくて,そのために頭を絞るのが好きで,この仕事をしています.これから自己裁量の余地も増えると思いますので,いつでも助けになれることがあれば連絡をして欲しいと思っています.
posted by しんさく at 02:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記