2015年10月28日

軸上色収差

今回はレンズの画質に関する,ちょっと細かい話です.

写真用レンズを調べていると見かける「色収差」という言葉.これは,光の色(波長)によってレンズに使われているガラスの屈折率が異なるために,色によって焦点の位置がずれる現象です.これが発生すると,白と黒だけから出来た物体を撮影しても,その境界線に緑や紫の色づきが発生します.

この色収差,さらに細かく分類すると「倍率色収差」と「軸上色収差」に分かれます.倍率色収差は色によって画像の大きさが微妙に異なるという現象で,画面の中央では問題ないが,端のほうで色づきが見られる現象です.これに対して軸上色収差は,色によってピントの位置が奥行き方向にずれる現象で,これは画面の真ん中でも観察されます.

写真用レンズでは古くから,軸上色収差よりも倍率色収差のほうが目立つと言われ,倍率色収差の除去に努力が払われてきました.しかし現在のデジタルカメラでは,赤・青・緑の三原色の画像同士の大きさの微妙な違いを自動的に検出し,その大きさの違いを画像処理によって補正してしまう「倍率色収差補正」が入ったものが多くなっています.そこで今まであまり注目されてこなかった軸上色収差が目立つようになってきました.

今回,その軸上色収差による画質劣化を示すためにちょっとしたテスト撮影をしてみました.黒い文字を並べた紙を斜めから撮影し,その文字にどのような色づきが生じるかのテストです.使用したレンズは以下の3本です.

DSC00404.jpg



  • W-Nikkor 2.8cm F3.5 : 1950年代初頭に設計された距離系連動式ニコンカメラ用の広角レンズです.古いレンズですが,コピー機やスキャナなどに今も多く用いられているオルソメター型と言われるレンズ構成が応用されています.
  • Micro-Nikkor 55mm F2.8S : ニコンを代表するマクロレンズ(マイクロニッコール)で,定評あるレンズです.一般的な撮影にはもちろん,産業用や研究機器にも多く用いられているレンズです.
  • Makro-Planar 50mm F2 ZF.2 : カール・ツァイス社が設計したマクロレンズをコシナがライセンス生産しているもので,他の多くのマクロレンズに比べ開放絞りが F2 と一段明るい上,焦点距離が通常の標準レンズと同じ 50mm なので,常用レンズとして使いやすいレンズです.


これらのレンズをアダプターを介して NEX-5R に取り付け,中央部分の倍率がほぼ同じになるように被写体の幅を合わせ,斜め約45度の角度から撮影しました.絞りは全てF4に合わせてあり,焦点距離は異なりますが倍率とF値が同じなので理論上の被写界深度も同一となります.テスト結果のオリジナル画像はこちらにおいてあります.

さて,その撮影結果です.以下は中央部分を縦長に切り出したものです.

comp1.jpg


ご覧のとおり,少しずつシャープネスや前後のボケかたが異なりますが,どれも優れたレンズであり,カメラの解像度(NEX-5R は1600万画素ですが APS フォーマットのため,画素ピッチはNikon D800E や Sony α7R と同等です)が高いことも勘案すると,十分シャープといえます.しかし,やはり最も目につくのは本題の「軸上色収差」でしょう.特にマクロプラナーは他の収差がよく補正されているだけに色づきが目立ちます.マイクロニッコールは中庸で,一番古い 2.8cm はほとんど全く軸上色収差が見て取れません.軸上色収差は焦点距離が短いほど小さいのですが,それに加えて他の収差(主に球面収差)と色収差のバランスが良く,色収差がうまく隠されていることや,1950年代後半に製造出来るようになった高屈折率ガラスがまだ使用されていないためではないかと思われます.

comp2.jpg


同じものをよりわかりやすくするために,色づきの強い部分を切り出したところです.どんなレンズでも二次の軸上色収差が残存する傾向にあり,合焦距離より遠いものが緑色に,手前のものが赤紫色に色づく場合がほとんどです.

しかし,このような軸上色収差は,画像を大きく拡大して観察した時にしか見えないから問題ないのではないか・・とおっしゃるかもしれません.しかそうではないのです.次の写真は,背景が白飛びしている場合を模擬するため画像を露出オーバーで現像し,元画像を幅 600画素に縮小したものの中央部分を並べたものです.

comp3.jpg


このように,縮小した画像でも色づきは残り,目についてしまいます.色収差によって緑や赤などのどれかの色成分が強められたり弱まったりするわけではありません.ですから,各色のエネルギーはほぼ均等なのです.しかしそれが撮像素子によって捉えられた時に,白い部分は白飛びしてしまい,その部分では色みの違いが潰れてしまいます.結果として,黒い部分(文字の部分)の色づきだけが値として残り,画像を縮小してもその色づきが残ることで,「色が濁る」と言われるような現象を引き起こします.

このような現象は人物撮影などでもよく起こります.明るい背景の前に立つ人物の黒髪が風にそよいでいる部分などは上の写真と同じ条件になり,瞳にピントを合わせていると若干後ろぼけになるので,緑色に色づくことになります.背景が明るく白飛びしかかっている時などに,とくに顕著になります.「緑髪」などと風流なことを言っている場合ではありませんが,残念ながら人物撮影に多用される標準域〜中望遠域の大口径レンズに用いられる「ガウス型」のレンズでは軸上色収差の除去が難しく,どのレンズでも結構な強さの軸上色収差が残っています.二次の色収差を除去するためにはEDレンズや蛍石などの異常分散性を持つレンズを用いる必要がありますが,ガウス型のレンズではそれをうまく使える場所がないのです.

軸上色収差は被写体までの奥行きによって様々に変化するため,現像ソフトで修正するのは容易ではありません.軸上色収差補正に対応した現像ソフトもありますが,これらは明るい部分の周囲の色を削り取るように動作するため,実際に色がついた物体を無彩色に変換してしまったりするのです.標準域のレンズはほとんどがガウス型のため,軸上色収差を嫌う撮影では,かえってズームレンズのほうが良好な結果になることもあります.また先に書いたように,軸上色収差は焦点距離が長いレンズほど強くなりますが,そのようなレンズではEDレンズ等が多用されているため色収差が良好に補正され,かえって色収差の目立たないレンズが多くなっています.例えば私はシグマの 150mm のマクロレンズ(SIGMA 150mm F2.8 APO MACRO EX DG HSM)を使用していますが,これはほとんど色収差は見て取れません.またカール・ツァイスの Otus 55mm F1.4 のように,ガウス型でない構成が標準レンズに使われる動きがあるのは,この問題が大きいと思われます.

個人的には,色収差以外の収差がほどほどに残っており,上手にバランスしたレンズほうが使いやすいように思っています.シャープネスが必要な場合はその分絞り込めばよいわけで,どの絞りでもシャープネスと色収差が上手にバランスされていることが理想です.球面収差がほどよく残っているレンズのほうが被写界深度が深く見えるというメリットもあります.なお,上記のいずれのレンズでも,あと1,2段絞り込むと色収差は十分目立たなくなります.

最後に,この 2.8cm レンズで撮影した秋のひとこまを掲載します.
DSC00337.jpg

W-Nikkor 2.8cm F3.5, Sony NEX-5R
posted by しんさく at 22:57| Comment(3) | TrackBack(0) | カメラ
この記事へのコメント
軸上色収差を勘違いされています。
収差はピント面での現象を言うものであって、ピント面の前後での現象にまで難癖をつけていたら、収差補正そのものが成り立たなくなる可能性があります。
Posted by holorin at 2016年11月08日 23:43
「収差はピント面での現象を言うもの」ということはありません.例えば名設計者マックス・ベレークの名著「レンズ設計の原理」では収差を,収斂する光束の非対称性として定義しています.理想レンズでは,焦点に集まる光はその前後で対称の形状となりますが,収差を有するレンズはそうならないということです.まさに軸上色収差もそのように定義される現象の1つですし,当然,収差はピント面の前後の像の態様に影響を及ぼし,これらには深い関係があります.ピント面の前後の現象を考慮すると「収差補正そのものが成り立たない」などということはありません.

あまりこういう書き方はしたくないのですが,ぜひよく勉強してみられて下さい.
Posted by 日浦 at 2016年11月10日 03:12
ご参考に,英語版 Wikipedia の図版とその説明

https://en.wikipedia.org/wiki/Chromatic_aberration#/media/File:Filigranski_nakit_02_edit.JPG

などをご覧になってみて下さい.Axial CA が軸上色収差のことです.
Posted by 日浦 at 2016年11月10日 03:30
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