2015年10月31日

ミラーレス一眼の光と影

これまで何度か,オールドレンズをミラーレス一眼カメラに装着する方法や撮影例を紹介してきました.しかしこの手の遊びをやっていると,どうもフィルムカメラで同じレンズを使った時と撮影結果が違う・・ということがあります.今回はこの原因について探っていきます.

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上の写真はソニーα7に,先の記事で紹介したアダプターを介して Nikkor-O 2.1cm F4 を装着したところです.このレンズは特にカメラ内部に潜り込む部分が長く,レンズ後玉の周囲を覆っているガードを取り外さないとカメラ内部のメカニカルシャッターと干渉する危険があります(個体差もありえますので,外すと確実に安全とは保証できません).しかし兎にも角にも取り付けて撮影はできますが,撮ってみるといろいろとフィルムでの撮影結果との違いを感じることになります.

1点目は周辺減光です.撮像素子はフィルムとは異なり,斜めに浅い角度から光が入ると感度が落ちます.また,このときカメラの色に関する感度特性も変化するため,「カラーキャスト」などと言われる色づきが周囲に発生します.α7では周囲が紫色に色づく現象が多く見られます.そして3点目に,周辺部の画像が甘くなることが多いことです.これも一般には撮像素子の特性のように解説されることが多いのですが,実は違います.センサの前に置かれた赤外線カットフィルタや光学ローパスフィルタ(または光学ローパスフィルタと光路長を合わせるために置かれたガラス板)のために周囲の画質が甘くなるのです.

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そこで今回,光学設計ソフトウェア OSLO EDU を用いてこの現象がどの程度の画質劣化を引き起こすのかを調べてみました.実際のフィルタの厚みや光学特性は不明ですが,今回は簡単のため,厚さ 1mm の単なるガラス板をフィルムの直前 1mm に置きました(理論上,厚みが同じなら,レンズと撮像素子の間であるかぎりどこでも同じ結果になります).ガラスの種類はもっともありふれた BK7 としています.

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レンズはもっとも厳しい条件を想定して,21mm F4 とし,画角は90度(半画角 45度)としています.レンズそのものは理想レンズを仮定していますが,1mm のガラス板を置くと光路長が伸びるため,中心部を基準にピント位置を自動調整する設定としています(上の画面で中央付近に 1.340717 とありますが,これはもともと 1.0 ですので,約 0.34mm だけ像面を後ろに下げたことになります).

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このときの画面隅での光線の様子が上の図です.本来は,右端の黒線(撮像素子の面)に光が集まるはずですが,それがより後ろにずれています.つまり撮像素子では画像がぼやけてしまうわけです.それでは,点光源の像はどんな形に広がってしまうのでしょうか.

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この図はスポットダイヤグラムと呼ばれ,点がどのような形に広がるのかを表しています.中央部(最下行の真ん中)は小さな1点に光が集まっており,ガラス板の影響が殆どないことが分かります.しかし,画面の周囲(中段)や隅(最上段)では点がラグビーボール型に広がってしまい,その大きさは 0.1mm 近くに達しています.実際にはこんな隅の画質が問題になることはほとんどありませんし,周囲ではレンズのケラレによって端の方の光線が遮られるので,これよりはもっと小さくなりますが,いずれにしても思ったよりも大きく点が広がっていることが分かります.

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それでは,よくレンズ評価に用いられる MTF ではどうでしょうか.上の図は,10, 20, 40linepair/mm のMTFのグラフです.いずれも大幅にコントラスト低下をきたしていることが分かります.

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最後に収差図を掲載します.この図を理解するには少し専門的な知識が必要になりますが,今回の場合,もっとも重要なのは中央上段の ASTIGMATISM (非点収差,像面湾曲)です.S, T ともに右(+)に倒れており,その大きさが 0.1〜0.3mmと,やや無視できないレベルにあります.ただし興味深いのは,これらが+側に振れていることです.多くのレンズでは逆に,像面はレンズ側に(左側に)倒れます.またその程度が最大で 0.2mm 程度であることが多いのです.要するに,今回の解析では理想レンズに対しては周辺画質が劣化することはわかったのですが,レンズによってはその収差を打ち消す方向に働くことがあり得ることを示しています.実際,キヤノン 25mm F3.5 レンズ(構成図)では,ニッコール 25mm F4 のトポゴンタイプのレンズの後ろに平行平面のガラスを置いて像面を平坦化しています.ミラーレス一眼カメラにオールドレンズを付けて無限遠の景色を撮影すると,思ったよりも良いレンズ,悪いレンズといった相性の良し悪しがありますが,その秘密は意外とこんなところにあるのかもしれません.

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上の写真は実際に,α7に 2.1cm F4 を取り付けたときの,絞りを絞った時と開いたときの画像の変化です(縦位置撮影したときの画面最上部の例です).絞りを開いた時に,縦長のラグビーボール状の点像となっており,光学シミュレーションにおける点像の計算結果に大変良く似ていることが分かります.レンズの性能が悪いわけではなく,カメラ内部のフィルタによって生じた画質劣化であるということの証拠と言えるでしょう.

なお今回の解析では,かなり画角が広いレンズで,かつ入射光と出射光の主光線が平行(対称型レンズではほぼ成り立つ)であると仮定しています.レトロフォーカス型レンズでは入射光に対し出射光はよりセンサに対して垂直に近い角度で入射するので画質劣化は小さくなります.また,多くの広角レンズでは(繰り返しになりますが)ケラレ等によって光束が細くなり,より収差の影響は小さくなります.要するに今回の例は「最悪のケース」をシミュレーションしたものとご理解ください.

最後に,比較用としてガラス板を置いた時と置いていない時のそれぞれの解析データ(pdf),それに OSLO 用の設計データを掲載しておきます.

with-glass.pdf, without-glass.pdf, 21mmF4.len
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ニコンの古い広角レンズ その2

今回もかなりマニアックなお話です.

前回の「ニコンの古い広角レンズ」で書いたように,一眼レフカメラが登場するまでの広角レンズはカメラの内部へ深く潜るように装着されるものが多くありました.これらは「対称型広角レンズ」などと呼ばれ,レンズの前半と後半がほぼ対称になっているために直線が直線としてまっすぐ描写される(歪曲収差がほとんどない)などのメリットがあります.それに対し一眼レフ用の広角レンズは設計が難しく,ニコンFが登場した1959年当時には超広角レンズは存在しませんでした.

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そんな中,まずはとにかく超広角レンズを,とニコンが送り出した超広角レンズがこの Nikkor-O 2.1cm F4 です.このレンズは,カール・ツァイスの名レンズ「ビオゴン 21mm F4.5」をお手本にしつつも独自の設計がなされたレンズですが,対称型であるために一眼レフカメラにはそのまま装着できません.そこで,一眼レフレンズのミラーを跳ね上げて装着するようになっています.そのため,ファインダを覗いても真っ暗で被写体は見えません.外付けのファインダが必要になります.

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レンズを装着して,フィルム側からシャッターを開いて覗いて見ると,こんな風にレンズ後玉がフィルムの直ぐ側に迫っています.また,その大きさもギリギリです.そのため,このレンズは他のレンズとは装着方法が異なります.他のFマウントレンズはレンズ全体をひねるようにしてカメラに取り付けますが,このレンズだけはマウント内部の小さな突起にレンズ本体が引っかかるようになっていて,レンズを回転させずにマウント部分の銀色のリングだけを回して取り付けるという特殊な仕組みになっています.カメラ内部に差し込まれる部分が回転してしまうとカメラ内部に干渉するために,このような構造になっているようです.

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要するにこのレンズを取り付けるためには,カメラ側のミラーが「上げっぱなし」になる必要がありますが,それに加えてこの「マウント内部の突起」が必要になります.この突起はニコンF,ニコンF2とニコマートにしか備わっておらず,それ以降のカメラには取り付けることが出来ません.そして,多くのマウントアダプターにもこの突起がありませんが,そんな中,このレンズをニコンS2などの距離系連動式ニコンに取り付けるマニアックなマウントアダプターが登場しました.

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このアダプターを作っているのは,以前にこちらの最後のほうで紹介したベネズエラの方です.このアダプターは最初から,この Nikkor-O 2.1cm F4 をニコンS2等に取り付けることを意図して作られていて,マウント内部11時の方向にちゃんと突起が設けられています(マウントアダプターの刻印 "NIKON F --> S" の1つ目の N の脇にある,一部が真鍮色の突起です).もう1つ面白いのは,このアダプターのニコンカメラへの固定方法です.普通,外爪に引っかかるレバーがレンズ(またはマウントアダプター)の脇に付いているはずですが,それはありません.なんと,Fマウント側にレンズを取り付けると自動的に,アダプターがカメラ側にも固定されるようになっているのです.3時方向のレンズ固定用のピン(シルバー)のすぐ脇(4時方向)に,少し太い真鍮色のピンがありますが,これがレンズの装着によって押し下げられると,マウントアダプターが緩む方向に回らないようにロックが掛かるようになっています.

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このアダプターを使って,Fマウント用の Nikkor-O 2.1cm F4 をニコンS2につけてみました.同じレンズはSマウント用にも発売されたのですが,その個数は極めて少なく,今では100万円前後で取引されています.これではとても手が出ませんが,Fマウント用は最近かなり値がこなれてきており,このレンズは外観がくたびれていることもあって245ドルで入手しました.距離計には連動しませんが,もともと被写界深度が深いレンズですので問題ないでしょう.ついでに,本家のビオゴン 21mm F4.5 もニコンSPにつけていっしょに記念撮影.このレンズは,ニコンSマウントとほぼ同形状のコンタックス用のため,そのままニコンに取り付けられます.

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この写真のように通常のニコンFマウントのレンズもS2などに取り付けることが出来ますが,上で述べたレンズロック用のピンがマウント内部にひっかかってレンズが外れなくなるリスクがあります.事前にアダプターとレンズだけで十分テストした上で自己責任で試してみてください.レンズによっては,レンズ後玉やガード用の突起がニコンSマウントに鑑賞するものもあるかもしれません.いずれにしてもあまりメリットはありませんね.
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2015年10月28日

軸上色収差

今回はレンズの画質に関する,ちょっと細かい話です.

写真用レンズを調べていると見かける「色収差」という言葉.これは,光の色(波長)によってレンズに使われているガラスの屈折率が異なるために,色によって焦点の位置がずれる現象です.これが発生すると,白と黒だけから出来た物体を撮影しても,その境界線に緑や紫の色づきが発生します.

この色収差,さらに細かく分類すると「倍率色収差」と「軸上色収差」に分かれます.倍率色収差は色によって画像の大きさが微妙に異なるという現象で,画面の中央では問題ないが,端のほうで色づきが見られる現象です.これに対して軸上色収差は,色によってピントの位置が奥行き方向にずれる現象で,これは画面の真ん中でも観察されます.

写真用レンズでは古くから,軸上色収差よりも倍率色収差のほうが目立つと言われ,倍率色収差の除去に努力が払われてきました.しかし現在のデジタルカメラでは,赤・青・緑の三原色の画像同士の大きさの微妙な違いを自動的に検出し,その大きさの違いを画像処理によって補正してしまう「倍率色収差補正」が入ったものが多くなっています.そこで今まであまり注目されてこなかった軸上色収差が目立つようになってきました.

今回,その軸上色収差による画質劣化を示すためにちょっとしたテスト撮影をしてみました.黒い文字を並べた紙を斜めから撮影し,その文字にどのような色づきが生じるかのテストです.使用したレンズは以下の3本です.

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  • W-Nikkor 2.8cm F3.5 : 1950年代初頭に設計された距離系連動式ニコンカメラ用の広角レンズです.古いレンズですが,コピー機やスキャナなどに今も多く用いられているオルソメター型と言われるレンズ構成が応用されています.
  • Micro-Nikkor 55mm F2.8S : ニコンを代表するマクロレンズ(マイクロニッコール)で,定評あるレンズです.一般的な撮影にはもちろん,産業用や研究機器にも多く用いられているレンズです.
  • Makro-Planar 50mm F2 ZF.2 : カール・ツァイス社が設計したマクロレンズをコシナがライセンス生産しているもので,他の多くのマクロレンズに比べ開放絞りが F2 と一段明るい上,焦点距離が通常の標準レンズと同じ 50mm なので,常用レンズとして使いやすいレンズです.


これらのレンズをアダプターを介して NEX-5R に取り付け,中央部分の倍率がほぼ同じになるように被写体の幅を合わせ,斜め約45度の角度から撮影しました.絞りは全てF4に合わせてあり,焦点距離は異なりますが倍率とF値が同じなので理論上の被写界深度も同一となります.テスト結果のオリジナル画像はこちらにおいてあります.

さて,その撮影結果です.以下は中央部分を縦長に切り出したものです.

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ご覧のとおり,少しずつシャープネスや前後のボケかたが異なりますが,どれも優れたレンズであり,カメラの解像度(NEX-5R は1600万画素ですが APS フォーマットのため,画素ピッチはNikon D800E や Sony α7R と同等です)が高いことも勘案すると,十分シャープといえます.しかし,やはり最も目につくのは本題の「軸上色収差」でしょう.特にマクロプラナーは他の収差がよく補正されているだけに色づきが目立ちます.マイクロニッコールは中庸で,一番古い 2.8cm はほとんど全く軸上色収差が見て取れません.軸上色収差は焦点距離が短いほど小さいのですが,それに加えて他の収差(主に球面収差)と色収差のバランスが良く,色収差がうまく隠されていることや,1950年代後半に製造出来るようになった高屈折率ガラスがまだ使用されていないためではないかと思われます.

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同じものをよりわかりやすくするために,色づきの強い部分を切り出したところです.どんなレンズでも二次の軸上色収差が残存する傾向にあり,合焦距離より遠いものが緑色に,手前のものが赤紫色に色づく場合がほとんどです.

しかし,このような軸上色収差は,画像を大きく拡大して観察した時にしか見えないから問題ないのではないか・・とおっしゃるかもしれません.しかそうではないのです.次の写真は,背景が白飛びしている場合を模擬するため画像を露出オーバーで現像し,元画像を幅 600画素に縮小したものの中央部分を並べたものです.

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このように,縮小した画像でも色づきは残り,目についてしまいます.色収差によって緑や赤などのどれかの色成分が強められたり弱まったりするわけではありません.ですから,各色のエネルギーはほぼ均等なのです.しかしそれが撮像素子によって捉えられた時に,白い部分は白飛びしてしまい,その部分では色みの違いが潰れてしまいます.結果として,黒い部分(文字の部分)の色づきだけが値として残り,画像を縮小してもその色づきが残ることで,「色が濁る」と言われるような現象を引き起こします.

このような現象は人物撮影などでもよく起こります.明るい背景の前に立つ人物の黒髪が風にそよいでいる部分などは上の写真と同じ条件になり,瞳にピントを合わせていると若干後ろぼけになるので,緑色に色づくことになります.背景が明るく白飛びしかかっている時などに,とくに顕著になります.「緑髪」などと風流なことを言っている場合ではありませんが,残念ながら人物撮影に多用される標準域〜中望遠域の大口径レンズに用いられる「ガウス型」のレンズでは軸上色収差の除去が難しく,どのレンズでも結構な強さの軸上色収差が残っています.二次の色収差を除去するためにはEDレンズや蛍石などの異常分散性を持つレンズを用いる必要がありますが,ガウス型のレンズではそれをうまく使える場所がないのです.

軸上色収差は被写体までの奥行きによって様々に変化するため,現像ソフトで修正するのは容易ではありません.軸上色収差補正に対応した現像ソフトもありますが,これらは明るい部分の周囲の色を削り取るように動作するため,実際に色がついた物体を無彩色に変換してしまったりするのです.標準域のレンズはほとんどがガウス型のため,軸上色収差を嫌う撮影では,かえってズームレンズのほうが良好な結果になることもあります.また先に書いたように,軸上色収差は焦点距離が長いレンズほど強くなりますが,そのようなレンズではEDレンズ等が多用されているため色収差が良好に補正され,かえって色収差の目立たないレンズが多くなっています.例えば私はシグマの 150mm のマクロレンズ(SIGMA 150mm F2.8 APO MACRO EX DG HSM)を使用していますが,これはほとんど色収差は見て取れません.またカール・ツァイスの Otus 55mm F1.4 のように,ガウス型でない構成が標準レンズに使われる動きがあるのは,この問題が大きいと思われます.

個人的には,色収差以外の収差がほどほどに残っており,上手にバランスしたレンズほうが使いやすいように思っています.シャープネスが必要な場合はその分絞り込めばよいわけで,どの絞りでもシャープネスと色収差が上手にバランスされていることが理想です.球面収差がほどよく残っているレンズのほうが被写界深度が深く見えるというメリットもあります.なお,上記のいずれのレンズでも,あと1,2段絞り込むと色収差は十分目立たなくなります.

最後に,この 2.8cm レンズで撮影した秋のひとこまを掲載します.
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W-Nikkor 2.8cm F3.5, Sony NEX-5R
posted by しんさく at 22:57| Comment(3) | TrackBack(0) | カメラ