2015年11月29日

邪魔なものは取ってしまえという話

ここのところ何度も,ミラーレス一眼カメラに対称型広角レンズを装着したときの周辺部の画質について取り上げています(原因の解説収差の補正色の補正).要するに,赤外線カットフィルタや光学ローパスフィルタが画面の周辺部で収差を発生させて画質を低下させるため,補正レンズの装着などによって補正する方法などを紹介してきましたが,「それならそもそも,そういうフィルタを撤去したらいいのでは?」という考えが浮かびます.

赤外線カットフィルタの撤去は天体撮影の分野では非常にポピュラーです.星雲などが強く発するHαと呼ばれる光線は赤外線カットフィルタで除去されやすいため,赤外線カットフィルタのないカメラでは明るく,鮮やかに写すことができます.そのため,天文ファン向けにカメラからフィルタを撤去してくれる業者も多くありますし,カメラメーカ自身もNikon D810ACanon EOS 60Daのような天体撮影専用のカメラを発売するぐらいです.私も時々天体撮影をすることがあるので,Sony NEX-5R の購入後あまり使わなくなっていた NEX-5 を改造することにしました.

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上の写真は NEX-5 から撮像素子ユニットを取り外したところです.NEX-5 は安価になっていることもあって,赤外線カットフィルタ・光学ローパスフィルタを撤去する方法についての情報はネット上に豊富にあります.詳細はここでは書きませんが,簡単にいうとカメラの背面からアプローチしていき,マウント側は一切手を付けません.裏蓋,液晶ディスプレイユニット,メイン基板の順に取り外すと撮像素子ユニットが現れます.フィルタは両面テープで貼り付けられているだけなので,隙間にカッターナイフ等を差し込むと簡単に剥がすことが出来ます.

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上の写真はフィルタを撤去した後のセンサの外観です.フィルタを撤去してもまだ,センサの直上には保護ガラスが残るため,センサに直接触れて破壊してしまう恐れはありません.ただし,超音波式のアンチダスト機構は残しておいても機能しなくなります.

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そして,これが取り外されたフィルタです.赤外線を反射するためと思われる干渉膜や光学ローパスフィルタのほか,水色に色づいたガラスがあり,分光感度の補正をしているようです.厚みは合わせて1.2mmあり,これを撤去することで光路長が0.4mmほど長くなるためにそのままでは無限遠にピントが合わなくなります.天体撮影のためにはそれでほとんど差支えありませんが,様々なレンズを装着できるようにするため,さらにカメラ内部に手を入れてフランジバックを短縮しました.

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最初の写真の撮像素子ユニットはボディ側の3箇所にネジ止めされていますが,そのネジ止め箇所に上の写真の青丸で囲ったスペーサーが置かれています.計測したところ,これらは 0.25〜0.3mm 程度の厚みでしたので撤去しました(このシムは,フランジバックの調整のため,カメラの各個体によって異なる厚みのものが使われている可能性があります).さらに撮像素子フレームの固定箇所(赤丸部分)を削り,0.1mm 程度薄くすることで総合的にフランジバックを短縮しました.かなり硬度の高いステンレス製で砥石ではかなり時間がかかるため,厚みをノギスで計測しながらグラインダーで削りました.

どちらかというと分解よりも組み立てのほうが難易度が高いですが,無事に組み付けも終了.早速天体撮影といきたいところですが,まずはその前に広角レンズの画質比較を行いました.

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比較結果をクリックして拡大して見ると一目瞭然ですが,オリジナルの NEX-5R に比べ,補正レンズを装着したときやフィルタを撤去した NEX-5 は周辺部がシャープに写っています.仔細に比較すると,NEX-5 よりも補正レンズを取り付けたもののほうが隅の方の画質が良いようですが,これはレンズそのものの収差を補正レンズがたまたま打ち消しているのかもしれませんし,NEX-5 に残っている保護ガラスの影響ということも考えられます.いずれにせよ,撮像素子直前に置かれたフィルタによる画質劣化がよりはっきりと確かめられましたが,一方で色再現性は実用には全く適さないものとなります.カラーバランスを調整しても,そもそも赤外線による感光の影響があるために,例えば植物の緑は淡い色になってしまい正しく再現されません.それでも天体撮影の他に,赤外線フィルタを用いて赤外写真を撮影したり,モノクロモードにして(またはRAW現像でモノクロ化して)モノクロ写真専用カメラとして使っても面白いのではないかと思います.

そしてようやく翌週,よく晴れた夜がやってきました.もう12月,寒いのでとりあえず玄関前に赤道儀をセットし,オリオン座大星雲を撮影しました.レンズは Ai Nikkor ED 500mm F4P に SIGMA APO TELECONVERTER 2x EX を装着し,赤道儀に載せて30秒間露光をかけました.

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合成焦点距離は1000mm,APS判なので1500mm相当の画角,ノートリミングです.星雲がなかなか広い範囲まで写りました.いい感じです.

最後に比較画像のオリジナルをアップロードしておきます.全て cornerFix で周辺の色かぶりを補正してあります.

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Carl Zeiss Biogon 21mm F4.5 + NEX-5R

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Carl Zeiss Biogon 21mm F4.5 + Nikon Close-up No.0 + NEX-5R

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Carl Zeiss Biogon 21mm F4.5 + NEX-5 (赤外線カットフィルタ・光学ローパスフィルタ除去,色補正後)
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2015年11月15日

ミラーレスカメラ+広角レンズの画質改善 その2

前にこちらで,レンズの前に度の弱い凸レンズをつけることでミラーレスカメラに古い広角レンズを装着したときの周辺画質を改善できることを紹介しました.この方法では周辺部の画質が甘くなる現象を改善出来ますが,周辺部分の光量が低下したり,不自然に色づいてしまったりすることは防げません.しかしこのような問題は事後処理で解決することが出来ます.

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カメラ内にアプリ等を登録して補正する方法もあるようですが,個人的に良いと思ったのは CornerFix というソフトを使う方法です.このソフトでは RAW で撮影した画像を読み込んで補正することができ,上の写真のように周辺部の色ずれだけを補正するのか,それとも色ずれと光量低下の両方を補正するのかなどを選んだり,補正の強度を調整することも出来ます.

この補正のためにはレンズやカメラごとの設定ファイル(プロファイル)を作成する必要があります.この補正にはプロファイル画像が必要で,これは本来真っ白であるべき被写体を撮影し,その色ずれを取り込むことで補正の基準を決めるためのものです.プロファイル画像は,乳白色板をカメラの直前に置き,その背後に光源を置いて撮影するような方法で撮影することが出来ます.

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CornerFix はRAW画像として,アドビが提唱する DNG という形式のみを受け付けます.そのため,各社のミラーレス一眼カメラが出力するRAW画像を,例えば上の写真のような Adobe DNG Converter で変換する必要があります.つまり,各社の RAW 画像を DNG に変換し,その後その DNG を補正してから現像を行うわけですが,Adobe DNG Converter も CornerFix もフォルダ内のファイルを一括処理出来るので,ファイル数が多くてもどうということはありません(レンズを取り違えないようにする必要はありますが・・).

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上の写真はこの手法で補正した写真と補正前の画像とを比較したものです.現像パラメータは同一です.RAW から補正できるので,画質の低下を最低限に抑えることが出来ます.この写真は NEX-5R に Carl Zeiss Biogon 21mm F4.5 を装着したときの例で,今回はニコンが以前に販売していたクローズアップレンズを装着して撮影しました.

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このクローズアップレンズ No.0 は度数が 0.7ディオプター,つまり焦点距離が約1400mmのものです.以前の計算では必要とする焦点距離よりも度数が高いレンズなので過剰補正になるかと思っていましたが,入手してみると平凸レンズではなくメニスカス凸レンズ(カメラ側が凹面,物体側が凸面になっていて,全体として凸レンズとなっているもの)だったため,補正の度合いはちょうどぐらいでした.

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上:装着時 下:未装着


上の写真は周辺部分の画像を切り出したところですが,一目瞭然,かなりクリアになっています.特にNEX-5R のようなAPS判の範囲内は端の方まで十分な画質になっており,α7 のようなフルサイズでも甘さは残りますが改善の度合いは大きいです.レンズを中心とする方向に全体が湾曲しているため,平凸レンズよりもメニスカス凸レンズのほうが収差の発生力が小さく,その結果,ちょうど良い塩梅になったようです.なお,このクローズアップレンズには上の写真のような .c 付きのものとそうでないものがあり,.c 付きのものは両面マルチコートになっています.

クローズアップレンズをつけると遠方の被写体にピントが合わなくなるので,レンズとボディを繋ぐために用いるマウントアダプター(ニコンSマウントからライカMマウントへ変換するマウントアダプター)の全長を短縮してあります.

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このマウントアダプターはニコン・コンタックスレンズの外爪だけに対応しているシンプルなものですが,前半部と後半部がネジで止められているため,その間の部分を削って薄くすることが出来ます.ノギスで各部の厚みを測りながらグラインダーで削り,最後に砥石で仕上げました.0.3mm ほど薄くしましたが,MマウントからソニーEマウントの間の変換にはヘリコイド付きアダプターを使っていますので,短縮したことによって最短撮影距離が長くなることは全く問題になりません.

他にも市販品として,ケンコークローズアップレンズ No.05 が売られています.これもメニスかつ凸レンズで, 0.5ディオプター(焦点距離 2000mm)ですので,補正の効果があります(ブロニカ 200mmF4 専用のクローズアップレンズとほぼ同等の効果があります).ただしフィルタ径が 72mm のものしかなく,ステップップリングを経由して取り付けると少し大げさになりますが,しかしこのような度の弱いクローズアップレンズは望遠レンズ用にしか需要がなく(例えば Nikkor ED 180mm F2.8 などには好適),しかたがないところかもしれません.

最後に Carl Zeiss Biogon 21m F4.5 にニコンのクローズアップレンズ No.0 をつけたときの補正の効果を示す比較結果の原画像をアップロードしておきます.いずれも絞り開放で,周辺部の色付きのみ補正してあります.

NEX-5Rでの比較結果(左:補正前,右:補正後)
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α7 での比較結果(左:補正前,右:補正後)
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posted by しんさく at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | カメラ

2015年11月10日

前玉繰り出し式の収差変動

1950年前後に流行したスプリングカメラや二眼レフカメラのうち,廉価なカメラではピント合わせのためにレンズ全体を前後させる代わりに,「前玉回転式」や「前玉繰り出し式」といい,第1レンズ(いわゆる前玉)だけを前後させる形式のものがありました.この方式ではレンズシャッター機構が前後しないため,繰り出しのためのヘリコイドが小さくてよく,シャッターとボディとの連動などの面でも有利なものですが,反面,近接時の収差変動が大きいと言われています.それではどの程度の影響があるのでしょうか.最近マイブーム化している光学設計ソフトウェアで評価してみました.

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レンズ設計のベースとして,光学設計ソフトウェア OSLO EDU に付属している 50mm F4 ,画角40度のトリプレットレンズを用いました.これに対し,画面全体の画質が平均的に良くなるように光学設計ソフトウェアが自動計算することにより仮想的なピント合わせを行います.そのため,上の図では像面の状態(ASTIGMATISM の図:中央上)が原点で一致していませんが,トリプレットレンズは収差が大きいため,周辺部の画質を考慮するとほどほどの位置に像面を置くことになります.

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まずは無限遠にピントを合わせたときの様子です.TICKNESS(厚み:この場合は空気間隔)の欄の最下行で V とある 42.927621 という値が自動計算により求められたピント位置で,レンズ最後面から像面までの距離に対応します.MTF は可もなく不可もなくといったところでしょうか.トリプレットらしく実用レベルはマークしているといえます.

次に,このレンズ全体を繰り出すことで距離 1000mm の物体に対してピント合わせを行います.

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最上段の白黒反転したところの値(1.0000e+03)が物体をレンズから 1000mm(1メートル)の位置に置いたことを表しており,それにピントが合うようレンズと像面の間隔が 45.615076mm へと,約 2.7mm ほど繰り出されています.この時の MTF は若干低下していますが,収差の状況には大きな違いはないようです.

次に前玉繰り出しです.レンズ全体を元の位置に戻し,ピントが合うように第1レンズと第2レンズの間隔を自動調整するのですが,そうすると性能が下がりすぎてしまったので,以下のような手順で行いました.まず,物体を 2000mm (2メートル)に置き,それに対してレンズ全体の繰り出し量を計算します.次に物体までの距離を 1000mm に設定し直し,今度は第1レンズと第2レンズの間隔を調整します.要するに,2m を基準としてレンズ全体を配置し,それに対して前玉繰り出しにより無限遠から 1m までの範囲をピント合わせするという内容です.このときの計算結果は以下のようになります.

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設計データでは,2m の物体にピントが合うレンズと像面の間隔は 44.267481mm となっており,このとき 1m の物体にピントをあわせるために前玉と第2レンズの間隔が 6mm から 6.3859mm に伸びています.このように僅かな移動でピント合わせが可能なことが前玉繰り出し式のメリットの1つです.しかし MTF から分かるように,全体のコントラストが低下してしまっています.コントラスト低下の要因として,前玉繰り出し式では像面の湾曲が大きくなっていること,また球面収差も補正不足の方向に変化しているようです.

さらに近接しようとすると,さらなる像の悪化が生じます.前玉回転式では最短撮影距離が程々の値になっているのもやむなしといったところでしょう.

例によって最後に,各設計における収差図やスポットダイヤグラムを掲載しておきます.
無限遠合焦時
全群繰り出し
前玉繰り出し
posted by しんさく at 22:09| Comment(2) | TrackBack(0) | カメラ